今でも森山大道氏がGRで撮っているというイメージを持っている人は少なくないだろう。
実際にGRを使っていることもある。
しかし、デジタルにおけるメインカメラはCOOLPIXシリーズというのが正確だと思う。
GRは単焦点レンズだ。
対して森山大道氏が使うCOOLPIXシリーズは、20倍前後の高倍率ズームを搭載している。
サイズは同じくらいだけれど、かなり性格の違うカメラだ。
単焦点レンズを使っていると、段々とその焦点距離に視点が固定されていくような感覚がある。
カメラを構える前から、そのレンズで撮った時にどのあたりまで画面に入るかがなんとなくわかる。
被写体との距離がこの程度なら画面のうちにこのくらいの割合を占める。
壁際まで引いても被写体の全てを入れて写すことはできない。
最短撮影距離で撮ったら写る範囲はこのくらいに絞られる。
そうした感覚が少しずつ身体化されていく。
それが写真の精度につながる。
以前、縦位置だけで撮るという話を書いたけれど、それにも少し似ているところがある。
焦点距離が固定されているという制約があることで、視線が研ぎ澄まされる。
単焦点レンズを使う意味は、画質の良さだけではない。この「固定された視点」の獲得にも価値があるように思う。
では、ズームレンズではそれが得られないのか。
私はそうでもないように感じている。
ズームレンズは焦点距離が固定されていない。
しかし、「固定された視点の連続」のような感覚は得られる。
それは固定されていないのと同じではないか、と言われれば、その通りかもしれない。
ただ、長く使っていると実感としてそれほど変わりがないような気がするのも事実だ。
ズームレンズの最大の利点は、当然ながら構図の自由度だ。
立ち位置を変えなくても、画面の中の関係を大きく変えることができる。
何を入れるか。
何を外すか
背景をどこまで引き寄せるか。
単焦点よりもその選択肢は圧倒的に多い。
一方で、その自由度と引き換えに失うものもある。
画質もその一つだ。
例えばGRとCOOLPIX S7000を比べれば、センサーサイズがまず大きく違う。
純粋な画質だけを比べれば、GRの方が圧倒的に有利だろう。
小型の高倍率ズーム機だから特に望遠端では、解像度はかなり落ちる。
一眼カメラに大きな望遠レンズを付けた写真と比べたらその差は歴然だ。
しかし、そのあまり解像していない画もそれほど悪くはないようにも思える。
ストリートフォトにおいては特に、かもしれない。
街の中、自分から遠く離れたものを望遠側で捉えてシャッターを切る。
その不鮮明な写りかたは、むしろ自然なことのようにも感じる。
人間の目だって、遠くのものが近くのものと同じように明瞭に見えるわけではないのだ。
写真において、鮮明さがそのままリアリティであるとは限らない。
遠くのものが遠くらしく写ることも一つの特性として扱えば良い。
単焦点には単焦点の良さがある。
ズームにはズームの良さがある。
画質を取るか。
自由度を取るか。
視点を固定するか。
焦点距離を選ぶことまで含めて視点にするか。
大切なのは、その道具によって、自分の視点、撮影スタイルがどう形づくられていくかということなのだと思う。
私は基本的に自由を愛する。