SNSで「作品撮りの被写体募集します」という投稿を見かける。
もちろん、それが悪いわけではない。
ただ、少し引っかかる。
被写体がいると写真は“作品”になるのだろうか。
そもそも、“作品撮り”とはなにか。
たとえば、家で一人くつろいでいる時にふと窓際の光が綺麗だなとシャッターを切ったとする。
見返すと、その一枚がとても綺麗だった。
その写真は、作品にはならないだろうか。
逆に初めから「これは作品を撮るぞ」と思って撮った写真は、必ず作品になるだろうか。
モデルを使うかどうか。
街なのかスタジオなのか。
それらは全部「方法」の話であって、「作品かどうか」とは別軸のものだろう。
写真を自動的に「作品」に変える魔法はない。
それに、「作品」を撮ろうとか思わずにふとシャッターを切った写真の方が、ずっと「写真的」だと僕は思ったりもする。
そのいう中から、後から見て「これ、いいな」と思うものが出てくる。
そして、それが増えてくる。
それくらいの態度でいたほうが、世界に素直に対峙できるような気がするのだ。
写真は、まず行為であって、
次に記録で、
そのあと、作品になることもある。
最初から作品である必要はない。
撮ったものが、作品だと思われても、思われなくても構わない。
それで写真が変わるわけではないから。