写真、カメラの記事です。
最近、街でBarbourのジャケットを着ている人をよく見かけるようになった。
SNSで話題になっていることも多い。
「Barbourが流行っている」のだろう。
その流行とはあまり関係なく、
僕もここ数年よくバブアーを着ている。
お気に入りはBedaleだ。
程よい丈の長さ、しっかりとした作りの大きいポケットは、
“街を撮る”のと相性がいい。
ジャケットや靴、バッグとか衣料品は割と好きだけど、
いわゆる“ファッション好き”ではない。
流行そのものを追うことはほとんど無いし、
誰かの着こなしを追いかけるようなこともない。
自分の生活や習慣に適切なもの、役に立つものを選んでいく、
という感覚が近いだろう。
「おしゃれかどうか」よりは「生活にフィットするかどうか」
という基準で選んでいると思う。
Barbourは元々はとても実用的な服だ。
そもそもの用途は乗馬や狩猟といったフィールドワーク。
英国の湿気の多い気候で、風や雨に耐え、
長く着られるように作られたワークウェアでもある。
だからこそ、あの大きなポケットや、
ワックスでコーティングされた生地、
擦れても破れても修理しながら着続けられる作りは、
つまり、“必要性”から生まれた。
本質はとても“道具的”な服である。
その道具性が、ストリートフォトの“スタイル”によく合う
撮影に出れば、数時間ひたすら歩き続ける。
屋外で休憩を取ることも多い。
そのスタイルに、Barbourの機能性は自然と溶け込む。
風が強い日に体温を保ち、
大きなポケットには予備バッテリーやレンズキャップ、小型の交換レンズもそのまま放り込める。
小雨程度ならそのまま撮り続けられるし、
傷がついても“味”になるから衣服に気を取られない。
ここで言いたいのは「ファッションとしてBarbourを着るのがダメだ」とか「安易にファッションを追うべきではない」とかいうことでは、全然ない。
率直に言えばただ「Barbourが気に入っていて、よく着ている」くらいが言いたいことだけれど、
“記事の結論的なものを捏造”するのであれば、それは、
「物自体が持つ価値は世間や流行と切り離して見ることも出来る」
ということだろう。
そして、その視点というのはもしかしたら写真を撮る時にも活かすことが出来るかもしれない。
目の前の“あらゆる物”を“この世界の文脈”から切り離して見ること、
それは非常に“ストリートフォト的”だと、私は思う。